アルコール依存の脳内メカニズム
気の合う仲間と飲むアルコールは、楽しくて、日常のストレス解消の手段としては素晴らしいものです。しかし、初めは楽しむために飲んでいたアルコールが、飲酒そのものが重要なことになってしまい、飲酒以外の楽しいこと、重要なことがおろそかになってしまうことがあります。さらに、飲酒により健康上の問題、人間関係の問題、仕事に影響がでるなど悪い影響が出ているにもかかわらず、飲酒を止めることが出来なくなることがあります。この状態をアルコール依存と呼びます。ここでは、アルコール依存が起きる脳メカニズムについて簡単に説明したいと思います。
図1は、依存性のある物質をその強さ順に示したものです。精神科医も、薬物の専門家もヘロインが最も依存性が高いと考えています。次に、依存性が高いものはコカインです。驚くことに、アルコールは、ヘロインやコカインについでバルビタール系薬物と同様3番目に依存が強い物質であることが分かります。街で簡単に手に入るアルコールが実は、依存性の高い物質だと言うことをまず知らなくてはいけません。
図1
依存が起きる脳のメカニズムについて、少しずつ明らかになってきました。依存にかかわる脳内物質で最も重要なものは、ドーパミンです。ドーパミンは、脳内報酬系と呼ばれる回路で用いられる神経伝達物質です。脳内報酬系とは、生存に必要な行動をとった時にそれが“快い”と感じることよって、その行動を繰り返し行わせるメカニズムです。例えば、お腹がすいた時に食事をするとおいしいのですが、満腹の時はそれほどおいしくありません。それが最も必要な時に手に入ると動物は快感を得られるように出来ています。
この時、脳の側坐核という場所でドーパミンが遊離されています。下の図で、中脳の腹側被蓋野という場所から、側坐核という部位に神経が伸びていることが分かります。
図2
この回路が、動物の行動を強化する(ある行動を繰り返し行わせる)ための極めて重要な回路です。生存に必要な行動は実は複雑で大変な努力が必要です(狩りをして餌を獲る、努力して配偶者を見つける)。
つまり、生存のために努力をして得られたものは動物にとって大切であり、繰り返し行うため脳が快感を得られるように作られているのです。
ところが、ある種の物質を摂取すると、何の努力をしなくても快感が得られるのです。最も依存性が高いヘロインは、摂取すると強い快感が得られます(幸福感が起きます)。この時、脳内では、側坐核でドーパミンの放出が増えることが分かっています。図1に示した、依存性の高い薬物は、動物に投与すると側坐核からドーパミンの放出を増加させます。実は、アルコールも側坐核からドーパミンを放出させることが分かっています。ここで、重要なことは、側坐核からドーパミンを放出させる行動は、それが薬物によって得られたことであっても繰り返し行うように脳が命令することです。つまり、ヘロインを用いて快感を得られた人が、その行動を繰り返そうとするのは極めて当然のことなのです。すでに名声を得ている芸能人が繰り返し依存薬物を使用するのは不思議に思えるかも知れません。しかし、脳は、元来依存物資を繰り返し使用するように作られているのです。
では、なぜ人間は、ヘロインのような物質を規制したのでしょうか?努力をしないで幸せになれるなら薬局でヘロインやコカインを売ればいいのではないでしょうか?その答えは簡単です。薬物によって得られた快感は、その効果がすぐに少なくなるからです。同じ効果を得るためには、もっと多くのヘロインや、コカインが必要になリます(これを耐性と呼びます)。ヘロインや、コカインは身体にとっては有害な物質なので量が増えると死んでしまうこともあります。では、身体に悪いから、止めようと考えるのは脳のどの部位でしょうか?それは、大脳皮質です、大脳皮質は、外界のあらゆる情報を集めて整理し、何が生存に必要か考えて行動に移す脳部位です。ヘロインやコカインは使用を続けると生存に不利だから、たとえ快感を得られても使うのは止めようと判断し、行動に移すのが大脳皮質です。大脳皮質の働きが正常であれば、人間は生存に不利な行動を選びません。
アルコールは、人間に快感を引き起こしますが、強い依存作用があり、その脳内メカニズムはドーパミンの放出を増加させることであると説明しました。アルコールは、同時に、同じ快感を得るため飲酒量が増え(耐性)、肝機能障害を起こし、最終的医は人間を死に至らしめることもあります。大脳皮質が正常であれば“体に悪いアルコールは控えめに飲んで楽しもう”と判断するはずです。しかし、ここで問題があります。アルコールは、大切な大脳皮質の機能を低下させるのです。
図3 正常者(上)とアルコール中毒時の糖代謝
この図は、正常者と飲酒者の脳の糖代謝を示したものです。図の上の画像が正常者の脳代謝を示しています。大脳皮質は赤く染まり、大脳皮質が正常に活動しています。一方、下の画像では、大脳皮質が青く染まり、脳活動が低下していることが分かります、このように、飲酒を続けると、判断力が低下し、自分にとって何が最も大切か判断する力が低下してしまいます。家族や友人、仕事、趣味などを犠牲にして飲酒を続けてしまうのです。大脳機能の機能が低下した結果、脳内報酬系の命令が優位になり飲酒を続けてしまうのです。したがって、依存がすでに起こっている場合には理性的な説得は意味がありません。依存の治療には、脳のメカニズムを知った戦略が必要なのです。